明治19年 東京英和学校(青山学院前身)入学

米山梅吉翁  (昭和21年没)

社団法人
財団法人
青山学院校友会会長
青山学院理事

ロータリー米山記念奨学会
ロータリー歴史川柳
4つのテストの正式日本語訳
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日本ロータリー50年史より


慶応 4 江戸芝田村で和田竹造三男として生まれる

明治 5 一家は三島の母方に転居
明治 映雪舎人学(現長泉小学校の前身)成績抜群にて嘱目される
明治14 沼津中学校へ入学
明治19 東京英和学校へ入学  米人につき語学を習得
明治20 米山家に養嗣子として入籍  年末渡米
明治28 在米8年間で法学を修学  帰国
明治29 勝海舟に師事。「提督ペルリ」を出版。10月6日米山はると結婚
明治31 三井銀行へ入社  銀行業務調査の為欧米へ出張
明治42 三井銀行常務取締役

大正 2 第3回外遊(外貨導入をはかる)
大正 「新隠居論」を書き報恩の主旨を明らかにする
大正 第4回外遊(政府特派財政経済要員として)
大正 大正天皇に拝謁  金杯下賜
大正

日本にロータリークラブを導入  
東京ロータリークラブを創立
し会長となる
大正10 米英視察  ルーズベルト大統領と会見
大正11 渡米歌日誌「八十七日」を出版
大正15

三井信託(株)を創立取締役社長  
国際ロータリースペシャルコミッショナーに就任

昭和 2 「銀行行余録」を出版
昭和 RI第70区創立と共にガバナーに就任
昭和 米山文庫を郷里長泉小学校へ寄贈
昭和 三井報恩会理事長に就任
昭和11 「ロータリーの理想と友愛」を翻訳出版
昭和12

財団法人緑岡小学校(青山学院初等科の前身)を設立 理事長/校長となる    米山梅吉氏と青山学院 (青山学院HPよりリンク)
11月16日 青山学院創立記念日に「国士/本多庸一先生」を講演し、青山学院との関係を明らかにす
昭和13 貴族院議員に勅任さる
昭和16 青山学院緑岡小学校は青山学院緑岡初等学校と改称
昭和17 青山学院緑岡初等学校校舎設備完成
勲四等に叙し、瑞宝章を授与さる
昭和18


青山学院緑岡初等学校児童200名 学童集団疎開にて湯ヶ島落合楼に向け出発 
校長として見送る
昭和21 4月28日、下土狩の別荘にて逝去。享年78才3ヵ月
社団法人
財団法人
青山学院校友会会長
青山学院理事

*
(財)ロータリー米山記念奨学会


昭和27



日本最初のロータリー・クラブを創立した米山梅吉氏の功績を記念して、東京ロータリー・クラブが国際理解と親善を深めるために主として東南アジア諸国からの留学生に奨学金を支給するための米山奨学制度を設定。

(財)ロータリー米山記念奨学会は、勉学、研究を志して日本に在留している
外国人留学生に対し、国際理解と親善を深めるために、全日本のロータリアンの寄付金を財源として、奨学金を支給、援助する民間最大の奨学団体です。
役割
日本の大学等高等教育機関で学ぶ留学生は、1999年5月現在 55,755 人です。そのうち、日本政府の奨学金を受けている国費留学生および外国政府の派遣留学生は 18.5 %に過ぎず、残りの 81.5 %は私費留学生です。

欧米に比べて民間の奨学制度が大きく遅れているという状況
の中で、米山奨学金は、全国のロータリアンが “成果を実感できる国際奉仕” として半世紀にわたって力を入れてきた、民間では最大の奨学事業です
2000学年度までの累計で、支給者数は 9,553 人、国・地域別では 93 カ国に及んでいます。

特にアジア諸国が最も必要としている学問的、技術的指導者の養成に米山奨学事業が果たしている役割は高く評価されています。
特色

米山奨学会の特色は、単に奨学金を支給するだけでなく、学生ひとりひとりに対し、世話クラブおよびカウンセラーを決め、学生たちの相談相手になることを通じて、心の交流をはかっていることです。
常に対話と親睦の機会を持つことは、異国で孤独と闘いながら学ぶ彼らにとって、精神的な支えとなり、日本を正しく理解することにもつながります。また留学生は、われわれ日本人自身が異文化や民族性を理解するチャンスを提供してくれる得難い使節でもあるのです。

幸いにして、米山奨学事業に対する全国ロータリアンの関心は年とともに高まりつつありますが、今日の厳しい経済状況の中で、目標とする寄付額を得ることが困難となってきました。しかし、このような状況の中でも、ロータリアンとクラブ、地区が一体となり、目標額を達成させるための懸命の努力が続けられています。

参考/問い合わせ

 
(財)ロータリー米山記念奨学会
〒105-0011
  東京都港区芝公園2-6-3abc会館ビル
  TEL (03)3434-8681