| .「ぼくの藪そば物語」から | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 符 牒 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
店に入った時の“いらっしゃいー”の声で始まり、初めての客は誰もが驚き、常連にとっては、いつもの藪にきたことを実感させてくれる藪の帳場の声。 注文したそばの名前を、ゆっくりとした、妙な符牒の大きな声で、店内に響き渡らせる。 この独特の符牒は、客にとっては単に藪そばの雰囲気を演出するためだけのもの、のように聞こえるだろうが、この声こそが注文発令所の帳場から、台所の機関室への膨大な情報を含んだ、詳細な戦闘命令伝達となっているのである。 この声によって、店内の様子は見えない台所の各部署がいっせいに活動を開始する様子は、デッキから海上の状況の見えない機関室へのシンプルな命令伝達によって、巨大な艦が入港、出航し、海上を自由自在に動き回るのを連想させる見事なシステムである。 最前線の戦闘要員である「膳立て」は、一人用、二人用、お代わり用などにお膳を準備し、「釜前」は、一度に茹でるそばの分量を知ると同時にせいろや種物の丼を出す順番にセットし、そばを釜に入れ、「中台」は種物の汁の準備に掛かる。 その注文にいかなるオプションが加えられていようとも、情報は細大漏らさず、手に取るように伝えられ、それによって、そばの完璧な、かつ、公正な順番通りの仕上りが期せる。 必要十分な情報をきわめて単純化された文章の中に盛りこんだ傑作に“一筆啓上火の用心・・・”、また日本海海戦における秋山真之の電報、“・・・本日天気晴朗なれども波高し”があるが、藪そばのこの符牒にもそれらを彷彿させるものがある。 単なるムードの演出だけにとどまらない、この帳場の符牒こそ、藪を藪たらしめる象徴であるとともに、飲食店の注文受注の傑作でないかと思う。 |
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| その他の符牒 | ||
| “せいろ一枚 お燗付(ビール付き)” | お酒(ビール)がつく | |
| お酒(ビール)を飲み終わったのちそばを出す | ||
| “ただいまのお燗付きはすぐにお出しください” |
酒を飲みながらそばを食べるからすぐに出してくれ、と言う客の場合 | |
| “ただいまのせいろはお燗付きになおります” |
せいろを注文した客が気が変わって酒を注文した時に「飲み終わってから食べる」ように、そばを出すタイミングを変更するための伝達 | |
| “お銚子二本土用寒” | お銚子二本 一本は燗 一本は冷 | |
| 藪そばは客の個別の特別注文にも十分に応えると同時にそのための符牒も用意してある | ||
| “せいろ一枚 ひと水切ってください” |
盛ったそばをすぐに出さないで、少し時間を置いて乾き目にしたほうが好きな客の注文 | |
| “せいろ一枚 こわめで願います” |
茹で過ぎでなく、少し芯があるものが好きな客の注文 | |
| “せいろ一枚 ひと釜効かせて願います” |
時間をかけて茹でたそばが好きな客の注文 | |
| 藪のそばに大盛りはない。常連は自分の腹の状況に応じて、注文枚数を決めるのだ。 しかし、時には花番(店番)から客の状況報告を聞いた帳場は、暗号で特別な注文を出す |
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| 特殊な符牒 |
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| “せいろ一枚 一本きんで願います” | ・・少し多い目 | |
| “せいろ一枚 一本きれいで願います” | ・・少し少なめ | |
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