BEETLE 礼賛
![]() 1965年 東京VW CLUB |
![]() ドイツ博物館絵葉書より |
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| 小生にとってVWカブトムシは単なる車ではなかった。・・・・ 普通免許を取ったのは昭和35年。 小学校時代の少年年鑑にはアメリカの自動車普及率は4人に一台だったから、わが国についてはお話にならない数だったはずだったが、戦後15、6年経った昭和30年代半ばのこの頃になると、かつては夢のような話・「自家用車」を持つ家もぼちぼち出始め、昭和37年ごろ我が家でもはじめて自家用車を買った。日野ルノーの中古である。 どういうわけか小さな車が好きで、ルノーは1000cc程度の排気量でギアは3速だったが、シンクロもよく効いてスムースなギアチェンジができる。最高速度は100q程度だったが、加速が良かった。 book new VWとの接点は実物よりも、本からだった。 乗ったこともない小生をVW信者にさせた本が2冊ある。 (VWにもいろいろ車種があるが、小生にとってVWといえばカブトムシのこと) @新書版 「フォルクスワーゲン世界を制す」 (行方不明) 著者 田口?失念 1961年9月30日発行 叶V潮社 @はヒトラーが国内統治の手段として、全ドイツ国民に車を持たせ、その車は空前のインフレと失業解消のための公共投資・アウトバーンを親子5人乗りで100qで連続走行が出来るもの(ナチは歓喜力行団などにより、ドイツ国民のリクリエーションまで管理した)、というものであったが、その設計要求に見事に応えたのがポルシェ博士であったといところからはじまる。 その後の開発、厳しい徹底的な試験走行、そして量産・・・戦後の復興、対米輸出の成功とその後の輸出量の爆発的増加のキーとなった部品の完璧な供給体勢・・・・等々で、何度も読み返し、VWへの想いをますます膨らませた本だった。
A「フォルクスワーゲンの広告」 著者 西尾忠?失念 (行方不明) vw AはVWがアメリカの写真雑誌「ライフ」に連続掲載した広告を一冊にまとめた本で、これはヴィジュアルにインパクトを与えると同時に、著者がアメリカにおける自動車のイメージを根本から覆させた広告と評し、アメリカ人に自動車というもの・VWの思想を繰り返しすり込み、その後のアメリカにおけるセカンドカー(VWはセカンドカーの立場には満足していないようだったが・・)としての不動の名声の獲得と、輸出量の増加を見事に果たした画期的な広告であることを熱く語っている。 VWのライフの広告は1ページを使用し、その紙面の約75%は写真。その下にメインコピーがあり、その下にサブコピーがつく。 従来のアメリカ自動車業界の広告の写真は、車だけでなく必ずといっていいほど車のステイタスをかもし出すための脇役・パーティー会場に乗り付けるタキシードと盛装のカップル、幸せそうなファミリー・・・しかしVWの広告は車だけで、付属物は全くない。 アメリカにおける車というものの概念を変えてしまった傑作広告であった。行方不明になった「フォルクスワーゲンの広告」がなつかしい・・・・・ |
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| ↓(メインコピーサブコピーともにうら覚えの大意) | ||
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| 写真を乗せる枠に写真がない! メインコピー |
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| ○新型もとくにお見せするところはありません。形は今年も昨年と同じです | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 画面いっぱいにデコボコのVW | ||
| メインコピー | ||
| ○ | 見かけはひどいですが、これでも安全に走れます・・・ サブコピー |
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| ○ | これは○○さんのVWです。ひどいように見えますが、○○さんは乗り換える気はありません。十分安全に走れるからです・・・・ | |
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| 月着陸船の写真 | ||
| メインコピー | ||
| 見かけは不恰好ですが、安全に人を運べることは同じです・・・ サブコピー |
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| 地点間の安全移動の道具、という車の本来の役目をユーモアたっぷりに・・・ | ||
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| 何の写真だったか?わすれた・・・ | ||
| メインコピー | ||
| 空気は凍りません・・・ | ||
| サブコピー 空冷のよさをつたえる・・・ | ||
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・・・まだまだたくさんある。 いずれも、自動車というものをステイタスの象徴ではなく、自動車本来の役目・「地点間移動の道具」であること。故障がすくなく実用品としてユーザーに経済的負担を与えないものであることを繰り返し、アメリカ人の自動車観に大きな変化を与えたものであったに違いない。そして、その効果はまさしくその後の販売台数でも見事に証明された。 |
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| VWに乗ってみたこともないうちにこうした予備知識に洗脳されていたのだから、次に買うのはVWしか念頭になかったが、昭和42年ごろ、ついに手に入れるに至った。 ヤナセ本社からだったが、試乗の時セールスが、「ドアを閉めるときは少し窓を開けてください」といったのも判る製造精度は、窓を開けずに閉めると耳がつんと来るほどの密閉度で(それどころか閉めにくくなる)、なるほどこれなら川に飛び込んでも浮いていられるということ(広告にあった)は予感できた。 鉄板は厚く、ボディはしっかりしており、ヒトラーの注文は屋根なしの場所に駐車することを前提としたものだったそうで、塗装は4回塗料のプールに入れるとの説明があったが、全くきれいに仕上がっていた。 燃料計はこの年式からついたらしい。それ以前のものにはついておらず、燃料が切れるとブザーが鳴り、リザーブに切り替えたそうだ。リザーブタンクにはガソリンスタンドまで行ける程度の油を確保してある。 オート・チョークもついていた。それはいとも簡単なバイメタルを使った機械式のもので、エンジンをかけるとすぐは回転を高速にして、エンジンが温まるにしたがって適正な回転にした。急ぎの時はエンジンかけてバリバリふかせばすぐにアイドリングの回転を落とせる。暖機運転など不要だ。強制空冷の余熱を使ったヒーターは、エンジンスタートまもなく足元から暖かい風(熱すぎるほどの・・)を送ってくれる。 高級品のようであったウィンドウォッシャーが標準装備としてついていることには驚いたが、そのウィンドウォッシャーはフロント・トランクにある予備タイヤの空気圧を利用していることにも驚いた。水が切れればガソリンスタンドで、水を補給し、タイヤに空気を入れてもらえばOk!感動ものだった! ショートストロークの空冷四気筒のエンジンは最高回転はたしか4000ぐらいだったと思うが、それだからカタログにある「巡行最大速度」115qならば、何日走っても大丈夫ですというのも理解できる。また空冷のよさは、かつてルノーの時代に冬場にはラジェーターに不凍液を、暖かくなると洗浄して普通の水に入れ替える面倒も解消してくれた。(「空気は凍りません」という広告を実感!) 試乗の時の首都高速で素晴らしいシンクロのギアの滑らかなチェンジによる素晴らしい加速も体験した。当時の国産車のチェンジギアはハンドルの下についたコラムシフトだったが、極めて入れにくく、時にはダブルクラッチを踏まなければならないほどだったが、VWのそれはアクセルのバック・ラッシュ(といったか?)を利用すれば、クラッチを踏まなくてもチェンジできるほどだった・・・・ こうした比類なき実用道具をさらに安全を継続させるための定期点検の整備記録は24万キロまでのスタンプカードがついていた!! 値段はラジオがついて958,000円。その値段は国産の1,500cc、トヨペットクラウン、日産オースチン級だったか・・・。1,200ccクラスの日産ダットサンは75万ぐらいだったと記憶している。 唯一の欠陥はクラッチワイヤで、これはセールスが、「30,000キロぐらい走ると、床下を通っているワイアが伸びて、クラッチが切れにくくなりますが、そのときは交換してください」と言っていたが、これもその通りに10万キロの間に3度ほど交換した。(床下は鉄板で覆われていて、露出されている部分はごくわずか) 故障なく、無事に帰ってくることが一大事であった当時の車の中で、故障のことなどとんと忘れさせて走ってくれる車がVWだった。 女房を横に乗せて朝7時に岩手の水沢を出発して北へ。盛岡からほとんど車とすれ違わない岩手の道を横断して(山間部の未舗装の九十九折の道を砂煙を上げて回って・・・)、岩泉・龍泉洞を見て宮古へ。釜石、気仙沼で寿司を食い、リヤス式海岸を南下、仙台から国道6号線を高速で走りに走って、夜(午前)1時に松戸に到着できた。 近所の仲間とのドライブで、富士山五合目までの登りの山道をレースもどきに走りトップを切った。 走るだけが楽しみだった年代でもあったせいか、目的地がなくても、大いにあちこちへ行ったが、とにかくよく走ってくれた。 東名高速がなかった頃、夜の8時に松戸を出発し東海道を小田原へ、そして箱根方面への乙女道路を登りきり、ターンして松戸へ夜1時に到着したこともある。VWは安心して、運転することを楽しませてくれる車だった。 前席シートはスライドで前後するが簡単にはずすこともでき、助手席をはずして後のシートに置き、市場で買った魚のたるを運んだ事もある。バンバーは頑丈で、縦列駐車され狭い駐車スペースから出られないときは、前後車にバンバーを当てて前の車を押し出し、スペースを広げて発進、等という事も当たり前のこと・・・ 自分の選んだ信頼できる道具に特に余計な気を使ったりせずに、実用品として使いまくる。道具もその信頼に応える・・・。小生の車自分史はVW史に尽きる。 5000キロ定期整備だけは欠かさずにヤナセまで持っていってやっていたが・・・ |
![]() @VW1200 66年?
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![]() AVW1200 70年代後半?
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![]() BVW1303(2?) 80年頃
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| 14万q走行時、免許を取った息子が初のドライブでトンネルで前車に追突、後車から追突され廃車 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| vw2007/11更新 |
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| vw
追加更新(11/19) 平成19年11月 |
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| @「フォルクスワーゲン世界を征す」 A「フォルクスワーゲンの広告キャンペーン 」 インターネットにて再入手!!
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2![]() 小さいことが理想 4
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![]() 空冷エンジンの長所の一つ : あなたは空気を使い果たすことはない |
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| vw-club 東京 VW CLUB 1965年 |
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| 16〜↓ |
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| ↑ 1〜15・・・・ほかに 16〜135↓〜152↑ | |||
| 16 安西 温 17 湯浅 裕 18 梅村南匂 19 花光 章 20 高橋直良 21 滝 泰之 22 宮本健三 23 中山靖由 24 奥田 均 25 高木正夫 26 いソノてルヲ 27 滝本健吉 28 望月睦郎 29 枚山享永 30 田中一雄 31 横川四郎 32 佐々木一男 33 仲村 尚 34 中村 甫 35 江戸家猫八 36 兼松雅務 37 高橋鶴吉 38 小林公雄 39 細野誠一 40 青山富夫 41 益池正二 42 青島賢治 43 福岡康夫 44 中山晃一 45 宇都宮正友 |
46 中井明子 47 楠 安夫 48 田伏康蔵 49 喜多村誠 50 中野善男 51 渡辺一雄 52 藤田義勝 53 斎藤良男 54 佐藤久一郎 55 池田雅男 56 澄田 宏 57 井形 敦 58 楠原勝之祐 59 奥村敬三郎 60 飯田輔廣 61 貸川博之 62 青山春樹 63 中川一郎 64 神谷 操 65 岡田明彦 66 大辻伺郎 67 竹内 清 68 桜井凱夫 69 E.H.エリック 70 高橋雄一 71 柳瀬志郎 72 本田豊彦 73 乗杉 宏 74 黒崎勇人 75 王有 信 |
・76 荒川 博 ・77 五味敏明 ・78 三国一郎 ・79 鈴木利明 ・80 福井俊雄 ・81 倉本繁男 ・82 多 容子 ・83 渡辺靖彰 ・84 若林雄次郎 ・85 高橋 望 ・86 長尾洋祐 ・87 田村嘉伸 ・88 米倉健志 ・89 久保田辰哉 ・90 堤 晴朗 ・91 猿若清方 ・92 重富一広 ・93 高田淵夫 ・94 水原位頴 ・95 久保田重雄 ・96 中村日出造 ・97 小林輝雄 ・98 中村道郎 ・99 渡辺孝二 100 松原恭子 101 寺田孔一 102 増田武彰 103 石井 彰 104 米田節子 105 コロンビア・ライト |
106 熊谷 茂 107 椎津弘子 108 稲川広政 109 兎束俊之 110 榎本四郎 111 田中政一 112 森田恵美子 113 神谷大四郎 114 沢田武彦 115 横山推臣 116 和田礼子 117 近藤洋介 118 小林唯一 119 黒田高教 120 八野正男 121 鈴木淳二 122 水野稔堆 123 小山清夫 124 和田英一 125 岡島和熙 126 恒吉宏明 127 大森暢久 128 立入友昭 129 岡島光三郎 130 笹原貞彦 131 橋本国男 132 山崎敬生 133 梅沢茂登枝 134 砂村善治郎 135 楢崎二郎 |