| Tante Ju |
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![]() Ju52 Tante ルフトハンザ “アイアン・ハニー” (ルフトハンザ通信販売から購入 編者撮影) |
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ユンカース社が製作した単発輸送機であるJu52のエンジンを3発に増やして搭載能力と飛行速度の向上して製作されたのがJu52/3m原型機である。 第二次大戦前は民間航空会社によって幅広く使われた機体であったが、再軍備を進めるドイツ空軍でも当機の優秀性に目を付け軍用モデルであるJu52/3mgeを製作させた。 Ju52はスペイン内戦にて初の実戦参加を果たし、内戦終了までに累積作戦飛行時間は13,000時間、投下爆弾量は6,000kgを超えた。その間も民間航空型の生産は続けられており、ルフトハンザ航空には230機以上が納入されている。 第二次大戦でもドイツ空軍は多数のJu52/3mを使用したが、どうしても不足する機数をまかなうためルフトハンザ航空などから機体を徴発したり、占領したフランスのアミオ航空機工場で機体を生産するなども行っている。 ドイツ軍兵士からは『タンテ(おばさん)』と敬愛を込めて呼ばれた当機は戦前戦後を通して活躍し、現在でも観光用として数機のオリジナル機体が現役にあることは驚きである。 |
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| 参照 http://military.sakura.ne.jp/world/world_menu.htm |
『航空ファン』 2000 May 569より |
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![]() ルフトハンザのJu52の一号機 “オズワルド・ベルケ”号 |
・ | ![]() 1934 ニュールンベルク上空を飛行するルフトハンザのJu52 |
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![]() 総統の専用機でもあったJu52 エア・フォース1ならぬルフト・バッフェ1(ドイツ空軍1)か (ライフ 第2次世界大戦史 「第二次大戦とドイツ空軍」)
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![]() 1941年、イギリス軍の猛砲火のなか大損害を受けながらもマレメ飛行場奪取ドイツの勝利に貢献した鉄のおばさん
(ライフ 第2次世界大戦史 「第二次大戦とドイツ空軍」) |
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![]() 1941年、ギリシャの飛行場でクレタ島攻略に向かう第5山岳師団・空挺部隊
胴体下にぶる下がっているのは銃座!! (ライフ 第2次世界大戦史 「第二次大戦とドイツ空軍」) |
![]() 悲劇のTante1 クレタ島攻略戦において対空砲火を受けて火を吹きながら墜落するJu52 クレタ作戦には493機のJu52が投入されたが、その半数が失われた (ライフ 第2次世界大戦史 「第二次大戦とドイツ空軍」) |
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| 悲劇のTante 2 | |||
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時は移り・・・ |
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スイス空軍の別名は「ミュージアム・エアフォース」
Ju52も1981年まで現役。その後航空博物館の運営資金調達のために民間機として年間300時間程度の飛行を続けるまさに「ミュージアム・エアフォース」! |
![]() 2000年1月世界一周ツアー“ユーおばさんがやってくる!” クアンルアプールにおけるJu52 |
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![]() 1986年にレストアされた“アイアン・ハニー”
1990〜1991アメリカ各地で観光飛行イベント ニューヨーク上空を遊覧飛行するJu52 D−AQUI (左は今はなきツインタワービル) |
![]() アルプスを越える“ユーおばさん” |
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『航空ファン』 2000 May 569より
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