| 太平洋海戦と経営戦略 小林宏(産業研究所所長)・戦艦大和 | |
| 史上最大のビジネス・ゲームから学ぶもの.. 目次へ | |
| 光文社 カッパ・ビジネス 昭和38年10月25日発行 250円 写真挿入・編者 |
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| 本ページは小林先生の御了解の下に作成したものであります 小林宏先生のHP |
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企業はなにがなんでも勝たねばならぬ。だが竹槍的突貫精神では通用しない。軍艦や飛行機を駆使する海戦も同じである。必勝の闘志は、艦長の資質、一糸乱れぬ管理と組織、綿密な計画、そして高度の技術を通して、はじめて戦力となる。 このきびしさは、陸戦にはない。海戦が近代工業とすれば、陸戦は農業的である。科学の粋を集めた設備と複雑な機構を持つ今日の企業にとって、海戦は無数の教訓を含んでいるのだ。 中略 ・・・この本では経営のモデルを旧日本海軍に求め、戦略のシュミレーション(模擬)として、太平洋海戦というケースをとった。それはなぜだろうか。 日本の海軍は文字どおり日本のエリートであった。技術も人材も、ベストのものを集めた。 さらに投資も集中されていた。 戦艦大和一隻の建造費は、今日の価格で千三百億円にのぼる。八幡製鉄の戸畑製作所の建設費が千五百億円前後であるから、大和一隻はほぼ戸畑に近いわけだ。 こんな大艦を二隻もつくった。 そのほか、太平洋戦争中にくりだされた三百八十余隻の二百万トン。これを現在の価格に換算したら、じつに四兆円という膨大な金額になる(ちなみに、昭和三十八年現在、東京証券取引所の第一部、第二部に上場している会社の資本金合計は、三兆七千億円である)。 その日本海軍が負けたのである。 たんなる物量のたんなる物量の差によるだけではない。戦略において、ものの考えかたにおいて完敗したのである。 もちろん、いくさに負けたということなら、海軍だけではない、陸軍も負けた。だが、企業にとっての比較を考える場合は、どうしても海軍をモデルとしなければならないのだ。 海戦は、軍艦や飛行機という高度のメカニズムを駆使する。そこでは、行動における計画、指揮、管理のいっさいが、科学的な機械計算によって行なわれる。そこに少しでも乱れが生じれば、それは敗北を意味する。 また、海戦は、広い海の上で、敵と味方の軌跡が一点でぶつかったときに行なわれる。チャンスは、一度逃がしたら永遠にとりもどせないのである。 だが陸の上のいくさには、こういうきびしさはない。海戦が近代工業的ないくさとすれば、陸戦は農業的ないくさなのである。 また、海戦では、戦闘詳報による、くわしい記録が残る。だから、後になって、「この一手が敗因」ということが、客観的に判断できるのである。 日本海軍と同じく、科学技術の粋を集め、巨大な規模にふくれあがった今日の大企業は、海戦から無数の教訓をくみとることができる。・・・・ |
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| 昭和三十八年十月十日 小林宏 (まえがきより抜粋) | |
| . 目 次. |
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太平洋戦争は、経営戦略の宝庫である (Mはミッドウェー海戦関連)
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1 経営者編 |
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| (1) | リーダーシップ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 第一次ソロモン海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 指揮官、先頭に立ってなぐりこみ リーダーシップは単純明快が第一条件 ● 日本のリーダーシップ型経営者 ● リーダーシップに成功するカギはなにか ● なぜ、会議が多いか 川崎製鉄 川崎重工業 東洋レーヨン 旭硝子 日本板硝子 鐘紡 田辺製薬 尼崎製鉄 大丸 帝人 倉敷レイヨン ダイキン工業 本田技研 ソニー |
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| 2 |
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| (2) | 意思決定 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「第二次攻撃の要ありと認む」 この作戦は、連合艦隊司令長官山本五十六海軍大将直率のもとに、四つの部隊によっておこなわれた。すなわち、第一航空艦隊(空母赤城、加賀、蒼龍、飛龍を基幹とする精鋭空母部隊)は、前衛部隊(南雲部隊)としてミッドウェー島を空襲するとともに、アメリカ空母艦隊をおびきだす。戦艦大和以下の第一艦隊は、主力部隊(山本部隊、高須部隊よりなる)として後方海面で、出て来る敵艦隊を待ち伏せ、これを撃滅する。 同時に第二艦隊(田中、栗田、近藤の各部隊)は、攻略部隊として、輸送船団を率いてミッドウェー島への上陸作戦を行う。第二航空艦隊(細萓、大森、角田の各部隊)は、北方アリューシャン列島ダッチハーバーを奇襲し、アメリカ軍を北方へ牽制する。 文字通り、日本海軍の最盛期のベストメンバーを投入した、雄渾なオールスター戦であった。しかし、作戦計画上の手ちがい、統一指揮の欠陥、そして、決定的なエラーの続出のため、日本側の大敗に終わった・・・・・ ・・・この日(昭和十七年六月四日未明)ミッドウェー北西三百八十キロに忍びよった南雲忠一提督の率いる第一機動部隊は、日の出四十分まえに、ミッドウェー空襲第一波百八機を、四空母からいっせいに発艦させた。 第一波の出撃が終わるや、ただちに四空母の甲板の上では、第二次攻撃隊を準備、いつでも飛びだせる体制にはいった。こんどは、陸上でなく、とうぜん現われるであろうアメリカの空母艦隊に対する攻撃隊である。だから、百八機の飛行機のうち三十六機は、爆弾でなく魚雷を積んでいた。このほうが、敵艦攻撃には効率が高いからである。 ところが、予期する敵空母はなかなか現われない。味方の索敵機(偵察機)からも、なんともいってこない。ほんとうにいないのかもしれないと思いだした時に、第一次攻撃隊の友永大尉から、「ミッドウェー島をもう一度たたく必要がある。」という電報がはいった。 友永大尉は、せっかくはりつめた気持でミッドウェー島にのりこんだものの、敵はもぬけのからで、目ざす敵機の影はなく、落とす爆弾は、いたずらにからの格納庫を破壊しただけで、ものたりないこといいようがない。そこて、もう一度攻撃をする必要があると思った。そのころには、どこかに避難していた敵機も飛行場にもどっているかもしれない。そこをたたこうというわけである。 友永電報を手にした南雲司令長官は、しばらく考えたすえ、ミッドウエー島を再攻撃することに決定した。むろん、敵艦隊は付近にいないという前提のもとにである。 だが、ミッドウユー島を攻撃するとなると、攻撃隊の装備を魚富から陸用爆弾に積みかえなけれはならない。これはそう簡単にはいかない。どんなに早くとも小一時問はかかる。 急げ急げで、ようやく飛行機の整備が終り、あわや発艦というとにになって、味方索敵機から、「敵空母見ゆ」の急電が入った。 「それ出た。」 「やっぱりいた。」 赤城の艦上は一瞬凝然となった。 爆弾攻撃か、魚雷攻撃か アメリカ空母が現われた以上、もはやミッドウエー島の再攻撃は考えられない。打つ手は一つ、全力をあげて、アメリカ空母部隊を攻撃するばかりてある。 ところで、ここに問題があった。甲板上にならんでいる攻撃機は陸用爆弾を積んでいる。それをこのまま即刻発艦させるか。それとも、またここで魚雷ととりかえ正攻法で攻撃するか。 前者をとれば大きな効果は期待できないが、とにかく先手がとれる。後者をとれば効果の点では申し分ないが、準備に時間がかかる。南雲司令長官は、ここで重大な判断の分岐点に立たされたわけである。 いっぽう飛竜に座乗して第二航空戦隊を指揮していた海軍少将山口多聞は、敵発見と同時に赤城に信号した。 「攻撃隊ただちに発艦の要ありと認む。」 沈思しばらくののち、南雲長官は、ついに運命の決定を行なった。 魚雷による正攻法を選んだのである。 ふたたび爆弾を魚雷に。また、時間がかかる。急げ急げのうちに、敵発見から一時間半もたって、ようやく準備完了。ただちに各艦は、飛行機を発艦させるため、風に向かってつっぱしる。 午前七時二十四分。発艦はじめの号令。飛行長が、白旗を振る。先頭の第一機が、ぶーんと飛び上がる。整列して見送る整備員がいっせいに帽子を振る。その瞬間、マストの上から見張員の、怪鳥の叫びのような声がふってきた。 「急降下爆撃機!」 艦内が飛行機発艦準備に気をとられていたそのスキをねらって、忍びよったアメリカの急降下爆撃機が、赤城をめがけて逆落としにつっこんできたのだ。 対空砲火もまにあわない。 爆弾投下。甲板上の飛行機がたちまちもえ上がり、火の手は甲板上をおおい、艦の内部でも誘爆がはじまる。同じとき、同じような運命に、加賀も蒼竜も見まわれていた。 運命の分岐点はどこにあったか。 いうまでもなく、南雲司令長官が、拙速か、正攻かの二者折一の決定をまちがえたことにある。この場合は、何がなんでも先制攻撃をかけ、たとえ一発でもアメリカ空将の甲板に爆弾を命中させ、アメリカの飛行機が飛び立てないようにすべきであった。 正攻法で沈めるのは、そのあとからでもできたのである。 なお、この本では、ミッドウエー海戦をしはしば引きあいに出すが、それというのも、この重大な海戦の敗因のひとつひとつに、多くの貴重な教訓がふくまれているからである。 ● 拙速のへたな日本の経営 南雲長官は、正攻法か拙速かの選択をまちがった。だが、南雲長官を笑ってはいけない。そうじて、日本人は、この点では判断を誤りやすい。 そのなかで、みごと拙速で成功したのが、早川電機のシャープテレビである。 シャープテレビは、故障率が低いという定評がある。いまから十一年まえ(昭和二十七年五月)、日本てテレビが生産されはじめたとき、当時としてはむずかしかったテレビ生産で、まっさきにこれを量産化し、市場をリードしたのは早川電機であった。 その秘密はどこにあったか。 たねを明かせば簡単である。早川電機の早川徳次社長が、アメリカのRCAにのりこんで、技術提携をしただけでなく、部品いっさいを半年分ぐらい買いこんてきたことである。 ところがほかのメーカーはRCAと技術提携しても、回路の一部とか、ブラウン管とか、むずかしいところだけ技術提携して、やさしそうなところは国産品を使おうとした。 しかし、かんじんの国産技術のほうが思ったよりうまくいかないため、部品のバランスがわるくなり、かえって故障率が高くなった。生産量もふやせない。 そこへいくとシャープテレビは全部輸入であるから、問題は組立てだけだ。だから、はじめからいい製品ができる。そのうちに勉強して、ものにした部品から国産化していく。この早川式速攻法がものをいって、シャープテレビは、スタートにおいて他社をだんぜんひきはなしたわけである。 だが、日本人が拙速を尊ぶというときは、たいてい後手にまわってあわてた場合が多い。こういう拙速は失敗のもとになる。 たとえば住友金属工業は、一貫体制をとる計画と準備という点では、川崎製鉄より早かった。和歌山製鉄所の計画は戦前にできていた。だが持ちまえの慎重主義がたたってその実現において川崎製鉄に先をこされてしまった。そこで、あわてて、本命の和歌山製鉄所の建設をそっちのけにして、小倉製鋼という会社を買収、その溶鉱炉を手に入れて、一貫体制の格好をとった。 だが、この溶鉱炉はとんでもない田舎の婆さん芸者で、修理に手のかかることおびただしい。新しい溶鉱炉をつくるくらいに金がかかった。また、小型ストリップミルの稼動て、帯鋼の販路を確保するために、高砂鉄工という自転車のリム会社を傘下にいれた。だが、よく調査せずに系列化したため、あとになってこの会社がとんでもないぼろ会社であることがわかり、大騒ぎになった。 住友金属は、あわてて妙な拙速に走るより、少々しんぼうしてでも、和歌山製鉄所建設に全力を集中すべきであった。そうしたら、もっと早く和歌山製鉄所は完成したであろうし、会社としてももっと早く楽になったであろう。 速攻か正攻法かの判断は、はっきりごてにまわってからの判断でなく、せりあっているときにこそ必要なのである。 ● 自社のセールスマンにひきずられる営業部長 ミッドウエーの海戦は、もうひとつの教訓を含んている。それは、南雲長官が友永電報に追随したことてある。ちょうどセールスマンが、あるお客を攻略するのに「第二次攻撃の要ありと認む。」といってきたのにうっかりのって、宣伝用の予算を片っぱしから接待用、リベート用につかってしまったようなものだ。 友永大尉にかぎらず、何か仕事を与えられて張り切って出かけたものは、現地で拍子ぬけしたり、逆に興奮したりして、かならず「第二次攻撃の要ありと認む」式の応援依頼や自分の判断を送ってくるものである。 それはそれでいい。 なぜならば、本人は現地でほんとうにそう思っているからである。 だが、全軍を統轄する指揮官としてだいじなことは、そういう、現地ての判断を、さらに一判断」することである。南雲営業部長は、友永営業係長の判断に対する「判断」をまちがえ、決定を過ったのである |
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| 3 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ジュトランド海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 第三の道に気づかなかったジェリコー ● 「おれにはおれの考えがある」 松下電器 江崎グリコ |
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| サマール島沖海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ライオンとアヒルのドタバタ喜劇 輸送船より空母をねらったほうが、カッコいい ● なにがほんとうのライバルか ● カッコいい言葉をつかうな 貿易自由化問題 アメリカのスーパーマーケット ディスカウント・ハウス ジレット コカ・コーラ コルゲート歯磨き クルップ フィリップス U・S・スチール・・・・・日本進出の問題(昭和38年) |
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| (3) | 経営者人事 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ハワイ海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「南雲さんならしかたないや」 太平洋戦争努頭をかざる真珠湾奇襲攻撃は、南雲忠一中将の率いる第一航空艦隊によって行なわれた。この奇襲は、国民に向かっては大勝利として報道されたが、作戦計画をたてた軍令部や連合艦隊司令部にとっては、不満な点があった。それは、第一航空艦隊が第一次の攻撃の成功に満足して、敵の狼狽に乗じて第二次、第三次と反復攻撃、だめ押し攻撃をしなかったことである。 後方のものばかりではない。南雲中将が、午前十時三十分、機動部隊に対して、反転北上を命じたとき、はりきっていた空母のパイロットたちは、切歯拒腕したものである。とりわけ摩下の第二航空戦隊司令官山口多聞少将は、第二次攻撃を熱心に主張したがいれられず、ついに「南雲さんならしかたがないや。」とあきらめてしまった。 この不信が、のちのミッドウエー作戦において、「第二次攻撃の必要ありと認む。」というだめ押しの友永電報になり、「敵空母見ゆ。」にさいして、山口少将から、「攻撃隊ただちに発艦の要ありと認む。」という下からのハッパとなってあらわれた。要するに、「南雲さんは頼りない。」という印象が真珠湾以来部下の間でもっばらだったのである。 では、なぜ重要な作戦にこのような頼りない指揮官が生まれたのか。それは、日本の海軍に、年功序列、つまり先任、後任によって、指揮官をきめるという悪習があったからである。 南雲中将は、この悪習の犠牲者のひとりてあった。 彼は、元来が水雷科出身で、航空作戦ではしろうとに近い。このようなしろうとでも、長老各であるというわけで、当時最大の花形、第一航空艦隊の司令長官にされてしまった。これでは、もぐらに蝶になれというようなもので、うまくいくはずがない。こういう部隊の指揮官には、山口多聞少将とか、大西滝治郎(当時少将)といった、航空生えぬきのベテランをもってくるべきである。ところがこういう連中がまだ若いというわけで、司令長官にしなかった。 ミッドウェーで、南雲中将が魚雷か爆弾かで迷い、魚雷に積みかえるという最悪の決定を行なったのも、ひとつにはこのことが原因である。南雲中将は、育ちが育ちだけに、魚雷については自信がもてるが、爆鮮には自信がもてなかったからである。 同じように、栗田中将がレイテ突入をやめて引き返したのも、栗田中将は、もともと通信畑の出身で、海上にあって大艦隊を率いるということは、太平洋戦中はともかく、それ以前には、あまり経験がなかったからである。 ● 経営者の資格はなにか 年功序列によらない、ばってきで成功した経営者 戦前の大日本紡績の名社長 菊池恭三ほか
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| sp | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
名将スプルーアンス提督、登場のきっかけ
● 会長ブームの功罪 代表権を持つ会長 ゼネラル・ダイナミックス ホプキンス会長 田辺製薬社長 田辺五兵衛 平林忠雄専務に代表権を委譲の教訓 東洋レーヨン 田代会長 松下電器 松下会長 日興證券 遠山会長・・ |
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| 2 管理編 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (1) | 総合管理 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 山本五十六出撃す ミッドウエー作戦は、すでにのべたように、四つの部隊によって行なわれた。この作戦で連合艦隊司令長官山本五十六大将は、みずから大和を旗艦とする主力部隊を率いて、ミッドウェー救援にかけつけてくるアメリカ艦隊を待ち伏せるとともに、三ルートにまたがる三つの部隊に対して統合指揮をとった。 このため、主力部隊は、三つのルートのどちらにもにらみのきく扇の要のような場所、ミッドウェーの北西方千百キロの地点に位置した。作戦の失敗にはいくつかの原因があるが、ミッドウェーで日本が敗れた最大の原因は、アメリカが日本の意図を知りつくして、厳重な待ち伏せ体制をとっていたのに、こちらの前衛部隊が、相手は知らないはずと一方的にきめこんで、のこのこ出ていったことである。
これがミッドウエー空襲にあたった第一航空艦隊の、攻撃寸前までの判断であった。まことにのんきなものである。だが、これは、第一航空艦隊司令部だけの罪ではない。なぜならば、第一航空艦隊の司令部は、はんとうにそう信じていたのである。旗艦空母赤城の通信設備が貧弱で、ハワイ方面のアメリカ艦隊の電波電信を傍受し、敵の行動を察知するのに不適当であったからである。つまり、敵情を知ろうにも、技術的にめくらであったわけだ。 中途半端な位置がたたる ところが、戦艦大和の通信施設は強力である。ハワイ方面の敵の軍艦が発信する電波は、細大もらさずキャッチできる。それによると、五月三十日ごろには、かなりの艦隊が、ハワイからミッドウェー方面に移動しつつあることが推定された。すなわち、山本司令長官は、敵が待ち伏せしているかもしれないということを、うすうす感じていたのである。 にもかかわらず、この重大なニュースを、かんじんの第一航空艦隊に通知しなかった。おそらく、赤城でもこの電波をキャッチしているだろうと思ったことと、主力部隊の位置を秘密にするために、電波の発信を控えたためである。 もし、このとき大和が、少々の危険をおかしてでも、敵が待ち伏せしているかもしれないという情報を第一航空艦隊に通知していたら、第一航空艦隊の楽観主義も一変し、その後の作戦の様相も、根本的にちがったものになっていたであろう。 この意味で、かんじんのときに大和がだんまりをきめこんだことは、ミッドウェー海戦の敗因につながる大きなミステークであったと言わねはならない。 では、どうしたら、このミスをさけられたか。 それは、山本長官と大和が、洋上に出てこずに、瀬戸内海の泊地でるす番をしていればよかったのである。そうすれば、大和は、敵に位置を知られるなどという心配もなく、自由にどこにでも電波を出し、自在に命令し、情報を伝えることができたはずである。それを、なまじ洋上出撃などと気負いこんだばかりに、かんじんの口がきけなくなった。 思うに、山本司令長官が陥ったこのジレンマは、彼が日本海海戦における東郷大将をまねようとしたため起こったものといえる。 戦艦三笠の艦上で、双眼鏡と軍刀を手にバルチック艦隊をにらみ、陣頭指揮する勇ましい東郷司令長官の姿は、由来、帝国海軍の司令官たるべきものの理想像であった。だが、これは明治の日本海海戦の姿である。昭和の太平洋戦争では、同じ海軍の戦闘でも、その様式、ものの考え方において大きく変化している。山本司令長官は、その時代の変化を無視して、東郷をまねようとした。しかも、ミッドウェー北西千百キロといえば、最前線からは遠すぎ、瀬戸内海よりははるかに危険、きわめて中途はんぱなところであった。この中途はんぱな東郷気取りが、ミッドウェー海戦を悲劇の海戦たらしめた根本的な原因といえる。
ナポレオンは、「戦争は位置のビジネスである。」と喝破している。同じように、戦争は指揮官場所のビジネスである。むかしから、いくさの指揮官は秀吉でも家康でも、戦況がもっともよく見え、命令を自由に下せる場所に床几をすえて全軍を指揮した。現場をうろちょろしたり、勇ましいところをみせるために、兵隊なみの突撃に加わったりはしない。 「戦闘の外部に立っていては、なにものも見ることができないし、その中に突入することは、いっさいを忘れさせる個人的経験によって支配されることであった。これこそ戦争のもっとも残酷な特色の一つであった。」(チャーチル著『世界大戦』より) これは、チャーチルが、第一次大戦ジュトランド海戦の直後にのべた感想である。 ● 社長室をあけるな ※東郷平八郎の幻影(指揮官先頭)にまどわされた山本五十六 |
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| (2) | 計数管理 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| スラバヤ沖海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 逃げ腰の指揮官 危機回避における勇と怯 計算にはまりこむ人間心理 ● 計数管理の裏にあるもの ● どれがほんとうの決算か |
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| (3)コミニュケーション | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最上と三隈の衝突 ● 文書にもストップ・ウォッチを
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| 10 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ビスマルク撃沈作戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| くいさがるサフォーク ビスマルクから油が流れている ● 信頼できる上役には報告しやすい ● 簿記とはその日のうちに整理すること |
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| 第三次ソロモン海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 戦艦比叡の悲劇 ● 会社という名のマンモス・アパート
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| (4) | 協同と調整 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 「行けばいいんだろう」 行なわれなかった全体の調整 ● 価格はなぜ守られないか ● 価格に自信を持て ● 調整は妥協にあらず |
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| 3 スタッフ編 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| m-bonsho |
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| (1) | 社長室 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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近代戦は、凡将を前提とすべし 太平洋戦争初期の連合艦隊の参謀陣は、
ミッドウェー作戦は、これらの参謀陣によって立案計画された。にもかかわらず、この大作戦は、惨憺たる失敗に終わったことは、すでに見たとおりである。 その原因の一つには、作戦そのものが複雑すぎたことがある。 前にのべたように、ミッドウェー島攻撃とその占領、アメリカ空母のおびきだしと、その撃滅、アリユーンャン方面での陽動作戦 ─── ざっとこんなぐあいであった。 「近代戦は凡将を前提とすべし。」と言われている。近代戦は、大量の兵力を投入し、多方面にわたって行なわれるいくさである。とくに航空戦が主体となる場合はなおのことである。 そこで、実戦には多数の指揮官が必要であるが、それらのすべての指揮官に、むかしのようなナポレオンや秀吉のようないくさの天才を求めることは困難である。そればかりでなく、そのような天才や知将が一人や二人いたところで、まにあうものでもない。自然、指揮官の扱が小粒となり、知将より凡将のほうが多くなる。 そこで、最高統帥部にあって作戦計画を立案するものは、その作戦が、どんな凡将でも、作戦現場において迷わず遂行できるように、計画を単純明解なものにすることがたいせつである。つまり、前線の凡将の判断を迷わせるような、複雑精緻にすぎる計画は、できるだけさけることが必要である。 「凡将を前提にすべし。」とはこの意味である。 ところが、日本海軍の場合、連合艦隊の参謀ともなれば、それこそ海軍部内よりぬきの秀才、エリートを網羅している。連合艦隊参謀といえば、泣く子も然るほどの楕威と実力を持っていた。 その反面、連合艦隊のもとにあって、現地で各作戦を担当した各艦隊指揮官となると、年功序列制度による任用のため、かならずしも第一級のベテラン、秀才を配したとはいえないふしが多くあった。勇将であっても、知将とはいえない提督(西村艦隊の西村中将)や、凡将を通サこして怯将のレッテルさえはられた無能の提督(第五艦隊の細萱中将、第四艦隊の井上中将、スラバヤ沖の高木少将など)さえふくまれていた。 このため、作戦はりっぱであったが、かんじんの持駒がついて行けないという場面がしばしばあった。 秀才型作戦計画と各担当指揮官の質とのアンバランス。このジレンマが最高度にしっぼを出したのが、ミッドウエー作戦であった。 つまり、この作戦に参加した各部隊の多目的なかけもち計画がかんじんの戦闘場面で、指揮官をして、二つの任務のうち、いったいどの任務に従うべきかの判断に苦しませたわけである。 迷ったのは、機動部隊の南雲中将ばかりではない。 攻略部隊の近藤信竹中将も栗田中将も、北方部隊指揮官角田覚治中将も迷ったのであり、驚くべきことは、総指揮官の山本大将さえも迷ってしまった(大和の電波管制、夜戦についての態度決定など)。もし、ミッドウエー作戦が、せめても、複雑巧緻なものでなかったら、その経過はずいぶんちがったものになっていたはずだ。ミッドウェーに、上陸するなら上陸する。敵をおびきだしてたたくなら、この一点に集中する。そのほかのややこしいこと、こみいったことは、いっさいやらない。つまり、どんな優柔不断な凡将でも、目をつぶって計画の実施に没入できるようなものであるべきであった。 |
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異色の秀才・変人参謀・黒島亀人の作成した複雑・巧緻のミッドウェー作戦 ![]()
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 近代戦は凡将を前提とすべし ● まだ育っていない社長室 ● 道具をひけらかすな ● 要点をひとことで言うと ● なんのためのスタッフか |
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| (2) | 総務部 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 吉田俊雄著『海戦』より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 独特の内務科制度 ● 総務部はどこへ行く ● 総務部は無用なのか ● 大切な企業の「保信」 ● 無用論と無能論 |
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| (3) | 調査部 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 一段索敵と二段索敵 偵察機を積んでいなかった日本の空母 ● 調査は質より量である ● 情報のネガとポジ |
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| 中央が情報を軽視 泥縄式の補強 ● ナンセンスな産業スパイ騒動 ● 野口 遵の嗅覚 |
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| ※ | 野口 遵(日本窒素<旭化成の前身>創設者) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| (4) | ライン内スタッフ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ミッドウェー海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
適当でなかった前線の参謀配置
● ライン内スタッフの必要性はますます大きくなる ● スタッフこそ人材主義で |
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| 艦船職員服務規定 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
海軍独特の「掌・・・・長」制度
● ベテランを重視せよ |
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| 4 経営戦略編 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (1) | 戦略と戦術 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ハワイ作戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 連戦連勝の裏にあるもの 戦術と戦略のちがい ● 企業における戦略と戦術
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| 20 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (2) | ゲームの理論 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 日本海海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 敵艦見ゆ 両将の意思と想像がピシャリと一致 ● 企業間の競争とミニ・マックスの原理 ● 二者で行なうゲームの場合 ● 期待が一致しないゲームの場合 ● 史上最大のビジネスゲーム バルチック艦隊はウラジオストックに入ることが目的 勝利 聯合艦隊はロシア艦隊をウラジオに入れては敗北 撃滅が目的 いずれか出会う戦場のうち・・・ 東郷にとっては有利、ロジェストウェンスキーにとっては不利な順に5、4、3、1と仮定する 東郷がバルチック艦隊を邀撃するに当たって打つべき手はA1、A2とする ロジェストウェンスキーの打つ手はB1、B2となる
バルチック艦隊が日本海にはいる予想進路
では聯合艦隊はどこで待つか? 能登半島沖案もあったが、鎮海湾(朝鮮・釜山近く)に決定
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| ※ | 勝ちすぎた艦隊決戦と指揮官先頭の東郷の残像が昭和の海軍を縛る | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| (3) | 海外戦略 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| マリアナ沖海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| アウトレンジと眼下の敵 ● ひとりよがりの自由化対策
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| 22 ※ 帝国海軍の設備投資 先頭へ 目次へ |
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| 5 計画編 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (1) | 投資編 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 23 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 第三次ソロモン海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
悲劇の八・八艦隊
生かされない平賀造艦
● のどもとすぎれば熱さを忘れる日本の企業 |
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| 空母優先のアメリカの拡充計画 ● 生産部門以外への投資をせよ ● 大切な流通機構への投資 ● 「いつでもお届けします」の精神を |
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| (2) | 商品化計画 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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役に立たなかった虎の子潜水艦
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| ●商品の特性を生かせ |
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| 役に立たなかった航空戦艦 ● 伊勢、日向型商品
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| 6 組織編 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (1) | 機構改革 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| あだとなった主砲発砲 主砲万能論の悲劇 ● 本当に必要な組織か |
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| (2) | 経営の多角化 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 主力は時代とともに変わる 機動部隊残酷物語 ● 多角経営と主力部門 |
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| 珊瑚海海戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 兵術は分散と集中の技術である 珊瑚海海戦の教訓 ● 多角化によるすきまに警戒せよ |
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| (3) | 事業部制 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 東京への途作戦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 機動部隊産みの親は日本 アメリカのタークス・フォース ● 事業部とはタークス・フォースである ● 製品別事業部の弱点 ● 製品別から統合事業部へ ● 独立採算制の盲点 sankoh |
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| 『太平洋戦争と経営戦略』 参考文献 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||