諸君!2008年6月号 「紳士と淑女」より.
ニキタ・フルシチョフ ベリヤ スターリン

独裁者スターリン(1879〜1953年)は恐怖政治の主であり、人の命を何とも思わなかった。部下も、そのことを承知していた。

あるとき彼は、陸軍が提出した昇進予定者のリストを見せられたが、読んだことを示すため、ページ右上にのシルシを付けた。「これでよろしい」のつもりだった。
ジルシのページに名が載っていた者は、全員銃殺された。

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彼はまた別のとき、陸軍の精鋭部隊を閲兵した。全員が彫像のごとく不動の姿勢で隊列をつくり、針一本落ちる音さえしなかった。
と突然、隊列の中からデカいクシャミがした。スターリンはキッとなった。
「誰だ。名乗れ」。
誰も答えない。
スターリンは手で合図し、一列目の兵士はすべて銃殺された。

「名乗らんか!」。
だが静寂は破れない。
二列目も全員銃殺になった。

「正直に名乗る者はおらんのか」。
スターリンは三列目の兵を睨んだ。か細い震え声がした。──「私です」。
「風邪に気をつけろ」。スターリンはそう言っただけで立ち去った。
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ソ連の小話(アネクドート) 別資料より

フルシチョフが養豚場を訪問した際のプラウダ紙の記事より
「写真:豚とフルシチョフ(右から2番目)」

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スターリンが死去したため、モスクワ全市で弔鐘が鳴らされた。
するとモスクワ市庁に電話が掛かってきた。「あの鐘は何だ」
係の者が「スターリンが死んだんだ」と答えた。

ところがその後、同じ人物から同じ質問が何度も繰返しかかってきたため、係員はとうとう怒った。
係員「いいかげんにしろ!何度同じ答えを聞けば気が済むんだ
「何度聞いてもいいもんだ」

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「先生、民主主義と、社会主義型民主主義の違いを教えてください。」
「一口で言うと、椅子と、電気椅子の違いみたいなものだ。」

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スターリン時代のこと。
老婆「あぁ、神様、ありがとうございます!」
  男「おい婆さん、ダメだよ、『スターリン様ありがとうございます』 だろう」
老婆「じゃあ、スターリン様が死んだらなんて言うんだい?」
  男「馬鹿だな、その時こそ『神様、ありがとうございます』じゃないか」

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ブレジネフ曰く
「わが国にジョークなど必要無い。なぜなら、わが国の存在自体がジョークだからである。」

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「ソ連の作家とフランスの作家との違いは?」
「フランスでは何年も牢屋にはいったあとで、ベストセラーを書くが、ソ連ではまず本を書き、それから牢屋へはいる」

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テレビ局の中央スタジオにカール・マルクスが訪ねてきた。
ソビエトの労働者に呼びかけたいから一分間でいい、時間をくれ、というのだ。
ディレクターはマルクスの過去の功績に免じて、しぶしぶ十秒だけ発言を許した。
「全国のプロレタリアートの諸君!」
マイクの前でマルクスは興奮をおさえきれぬ様子で叫んだ。
「すまなかった、私を許してくれ!」

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ベリヤ (『諸君』 6月号) 
それで思い出したのが、スターリン臨終の場のこと。

全政治局員がベッドの周りに立って、息を引きとる瞬間を見守った。
そして最後の一呼吸。
その瞬間、秘密警察を握るべリヤが声を励まして「おいニキタ、その便器を片付けろ」「誰それ、枕の位置を直せ」などと命令し始めた。
そういう行為により、自分がスターリンの後継者であることを示したいようだ。
気付いたニキタ・フルシチョフは、腹心の部隊を使って真っ先にべリヤを片付けたと、たしかスターリンの娘スベトラーナが回想していた。