赤単片手のアメリカ旅行




このはじめてのアメリカ旅行で感じたことがあった。
ショーウィンドウに写る小生の姿がなんとなくかっこ悪い。アメリカ人と比べると姿勢が悪いのだ。そこで歩くときは、肩を引いて胸を張って歩くようにしたが、帰ると肩が突っ張ってくたびれた。アメリカ人とは骨格が違うのか・・・



サンフランシスコのケーブルカーは観光用かと思っていたが、実用交通手段。とにかく坂だらけ。ブル下がって乗るのは楽しいが、ワイアーが切れたらすごいことになるだろうな・・・



漁師の波止場といわれる「フィッシャーマンズ・ワーフ」は観光スポット。カキを食べたが極めて大味。沖にはカポネが入っていたアルカトラズ刑務所島が見える。







郷に入っては郷にしたがえを実感。とくに言葉は現地人がしゃべるようにしゃべることが大事だと思う。文法なんかわからなくても、単語を正しく発音できれば結構通じるものだ。
ポテトはパテイトウ、トマトはタメイトウだと通じる。
タクシーの運転手にRIVERが通じなかった時、Rがつく単語は、ウといってから言うと通じるという話を思い出し、ウ・リバーといったら通じた。LEFTはレフトでいいが、ライトはウ・ライトだ。



アトランタでは南部なまりを体験。TがRの発音になるということを友人から聞いてきたので、アトランタとアトゥラナといったら通じた。ちゃきちゃきの?南部人にはエッラナでも通じるらしい。
判らなければ辞書を見せる。




アトランタの友人の友人のアメリカ人の家に行く。
地下鉄のブルックリン・ブリッジで降りて地図を便りに訪ねるが、治安のよくない場所との事で、まっすぐ前を見て、きょろきょろしないようにしてたどり着く。
行った前日に、そのアパートで殺人があったそうだ。



「ベニハナ」はかなり有名なようで、ベニハナというと、すぐに目を輝かして、ナイフで肉をカットするダンスのまねをする。アトランタには似たような鉄板YAKI・レストランで「一番」というのがあった。







当時のアトランタではアンダーグラウンドという名の巨大な繁華街。西部劇のような立って飲むバーやバンド演奏をしているクラブもある。バーのスタンドで飲んでいるときに横にいたバンドのメンバーをしているというおやじに、「五つの銅貨」のなかの何曲かを口ずさんだら、ちょっと来いというのでついていったら、バンドの控室に連れて行き、メンバーを紹介紹介してくれた。
あとでクラブに来てリクェストしろというので、「バック ホーム アゲイン インディアナ」といったら、演奏席からOKを出してやってくれた。




ニューヨークのホテルのバーで飲んでいたときに隣にいたオヤジが、おれの部屋に来いというのでついて行った。向こうはかなり酔っていて勝手にいろいろ話しているが、あまりよくはわからなかったが、B29のナビゲーターをしていて東京空襲に行ったことがある・・・とのこと




ニューヨークでアジア人がプラカードを持ってビラを配っていた。・・Election・・という字が見えたので、選挙の集会かと思い、話の種にとビラにあった会場に行ってみた。薄暗い場所のビルの一室で、何を言っているのか判らない演説を聴いてきた。あとでわかったのだが統一教会・文鮮明の集会だった。




NYでの宿はセントラルパークの近くで、ニューヨークを南北に走るストリートの5番街にある小さなホテル・ホテル「ウァーウィック(といったか)」。近くには大ホテルヒルトン?ミュージカルの殿堂(?)があった。街中をふらつくのに、危ない場所をドア・ボーイに教えてもらった。番号が若くなるほど危ないそうだ。


歩いていて、ちょっと肩をふれあっても、相手はすぐに「Excuse me」という。いろいろな人種のいる町でのつまらないトラブルをさける賢い方法だ。