味 覚 自 分 史
終戦直前の食糧事情
文芸春秋『漫画読本』のご案内

なににうまさを感ずるかは、時代や個人の生活環境の影響もあるだろうが、“ 味覚年齢 ”というものがあるのではないかと思う。

今は好物なのに、子供の頃には、大人はなんでこんなものを喜んで食べるのか、理解できないものがいくつもあった。
ジュンサイ、うど、とろろ、ひじき、麩、納豆、ゆば、豆腐・・・・

また、まぐろのトロ、ぶりの腹身、鮭の銀皮の部分、とんかつの脂身、筋子なども、子供の頃は油の舌触りが気持ち悪く、食べられなかったのだが、夏休みの間に10センチも背が伸びた(・・といわれたほどだった!)高校の頃は、そうした脂身しか食べたくないほど好きになった。

その後はだんだんと味覚の守備範囲が広がって、今も嫌いなものはほとんどない。
ただ、目は欲しがるのだが、胃袋にはいる分量は驚くほど少なくなってきたので、油ものを食べ過ぎると、ほかのものが入りにくくなってくるようで、また昔のように、油っ気には手が出にくくなってきた。
神様は舌も成長に合わせて、実に上手に作ったものである。

農家出身の祖父がいたので、終戦直後でも、あまり米に飢えた記憶はない。
一般世間では“ すいとん ”を食う為に、夜が明ける前から行列したものだったが、5〜6個入っていたあの頃の“すいとん”は、今の上等の小麦粉のものとは大違いのものだったが、みんなうまそうにかっこんでいた。
小生も食べてみたが、とてもうまいと感じられなかったのは、あまり米に不自由していなかったからだろうか。
すいとんの幸せ ”は、ついに体験できなかったのだ。

貴重品の砂糖もどこからか手に入れることができたようで、東京を焼け出されて、近所に仮住まいしていたTさんのお母さんは、砂糖を猪口に“ すりきり一杯 ”入れたのを、子供のおやつにしていて、その子供達が猪口の砂糖を、うれしそうに舐めていたのが本当にうまそうで、真似をしてやってみたが、家が砂糖に困らなかった小生には、Tさんほどの感激はなかったと思う。
わが家の豊かな食料事情は、小生に“ うしろめたさ ”を刻むと同時に、あの時代の花形 “ すいとん ” や “ 砂糖 ” での 「本能の感激」の記憶を欠落させた。


当時の松戸には外食のできる店はあまりなく、駅前のミルクホール(現在はこの近在では最も繁盛している鯛焼屋)や、客がくると七輪で火をおこし、汁粉や、ぜんざいを食べさせてくれる饅頭屋、そして店の奥でミルクとドーナツを食べさせてくれた牛乳屋ぐらいだった。
牛乳と一緒に食べるドーナツは、本当にうまかったことを憶えている。

銀座に連れていってもらって、富士アイスではじめて飲んだ「クリームソーダ」の記憶はいまだに鮮明だが、とげ抜き地蔵や観音様へのお参り、また母の買物について行った時に、巣鴨や浅草の屋台のような店や、三越の食堂の中華の五目そば焼きそば、そして、銀座の不二家で体験した「チョコレートパフェ」も味も忘れられない。

風邪を引いた時にだけ食べられるバナナパイナップルの缶詰、そして波場パンやのケーキ、国産のジュースとはまったく違った味のバヤリースオレンジ・・・・・

とんかつや洋食などは、なにか特別の日でもなければめったに出っくわさない憧れの食べ物で、中学に入学した時に親父が連れて行ってくれた上野の「蓬莱屋のとんかつ(ひれかつ)」の味も忘れられない。
当時の松戸では50円のとんかつは、相当高級品であったのに、蓬莱屋のとんかつは 300円だと聞いて本当にびっくりした。
生まれついた時からあきれるほど多くの食べ物に取り囲まれている今の子供の不幸せを感ずるところである。

若い時は、空腹を満たす時に、いろいろなものを「食べてみたい」というチャレンジ精神が横溢していて、はじめてのものを食べることに、感激と大きな満足を感じたのだが、歳ととも冒険心が薄れてきて、横着になり、「味のわかったもの」・「 味を想像できるもの 」で空腹を満たす、という、安易な方法に流されがちである。
昼どきに外食する場合でも「知った味」のそば、鮨、天ぷらやラーメン、カレー、とんかつ、カツ丼、うな丼などを、「味を予期できる店」で満たすようになってきた。
いくらでも食べられる若い時だからこそできた「味の冒険」よりも、目だけは欲しがっても、胃袋が分量を制限するようになってきたことが、舌の冒険心までを失わせているのだろう。

旅では歴史現場やきれいな風景に出会う「幸せ」を感ずるが、それ以上の楽しみが、地方の有名店での、舌で味わう「快感」である。
町を歩き回り、店の様子を観察し、自分の足で開拓するのは、最近、億劫になってきたので、旅行情報誌にその地方の有名な、伝統ある各種の繁盛店に印を付けて行く。
かつては田舎は、田舎なりの味があったのだが、最近はどこで食べても同じようなものばかりで、そうしたものを食べてしまった時は、とてつもない損をしたような気にさせられるものだ。

だから、一人で行った先で、どこの店に入ろうか迷った時は、駅そばに入って、天ぷらと玉子を入れた 「天玉」 で済ますこともよくあったが、これが案外失敗した憶えがなく、それなりに満足できた。

若い時には、なんといってもラーメン、チャーシューメンだったのが、ある年になってから理解できるようになった、ただの “ もり ” “ かけ ”の「 うまさ 」、また、乾いた土産のそばの味が、味覚の範囲を広げ、駅そばの味を楽めるようにしてくれたのではないかと思う。

特に最近は、「駅そばと承知した上で食べる駅そば」 は、無性に食べたいもののひとつになってきて、駅そばの汁の匂いを嗅がされると、店に吸い込まれてしまう。
一見立派な店で、中身が駅そばだったら、期待はずれのショックは相当なものであるに違いない。
しかし、立ち食いで、あの値段で、「 予期した通り 」の、まとめて茹でておいた、“歯ごたえのない”、“ ふかふかしたそば ”が出てくると、大いに満足を感ずる。

ある時に入ったドライブインは、かなり 「 気合を入れて 」そばを作っていて、出てきたそばは、茹でたての、シコシコしたもので、まったくの“ 期待はずれ ”にがっかりした。
小生にとって駅そばは、「 まじめに“ 茹でっぱなし ” 」にしておいた、“ ふかふかした歯ごたえのないそば ”でなければならないのである。


終戦直前の食糧事情

文芸春秋 「漫画読本」 昭和36年4月号 198ページ  付録 米軍の撒いた降伏勧告ビラ
 
 「セッパつまり記」
(一部抜粋)
澁澤秀雄(随筆家) 

五月十三日
十日の句会には久保田万太郎、宮田重雄、徳川無声、小島政二郎、坂倉金一、西村晋一、それに飛び入りの吉村太一の諸氏が参集され、近ごろとしては珍しい盛会であった (下略)

このとき私はヤミで買った胡麻の油で精進揚げを作った。
みな鉄かぶとに巻きゲートルで弁当は各自持参という食糧難時代だから、テンプラの種もエビやアナゴやハゼはすでに伝説となり、わずかに庭の柿若葉、タンポポの葉、雪の下の葉、茶の芽、楓の葉という始末に「葉ばかり食う毛虫句会だ。」 と笑いあう。
それでも音だけは魚を揚げると同じで景気がいい。
無声氏提案の、あまり開いていないネギ坊主にクキを一、二寸付けたのは一番うまかった。


「こう俳句の季題ばかり食べると句はうまくなるよ。」
吉原飛び入り会員がこう言ったとたん、久保田宗匠は子供っぽい語調で、「句なんかうまくならなくてもいいから、あぶらっこいトンカツがくいたいな。」

一座ドッと笑う。
みなの切実な願いだった。


六月十九日(火)
(前略) 正午ごろ放送局の人がきて、前線向け放送を頼まれる。東京都民は罹災しても元気だ、という話を実例入りで強調してくれという注文。(下略)」


たしかこの放送をしにNHKへいったとき久しぶりで落語家の金馬さんに会った。
そこで私が「お宅はいかがでしたか?」ときくと、「見事に焼けました。お宅さまは?」 ときたので 「まだなんです・・・・」 と答えたとたん、「そりゃいけませんね」 とクヤミを言われたので、そこに居合わせた人たちがみなドッと笑った。
当時私は本当に罹災しないことを肩身狭く思い、焼ける日を心待ちにしていた。


七月十一日(水)
(前略)
六月二十五日は小絲さんの画室展覧会 (注、あまり世間にうるおいがなさすぎるので、小絲さんは画室を開放して小さな個展を開いた。これは大勢の人に大変喜ばれた) の最終日だった。

その翌日家の鶏がイタチに頚から血を吸われて死んだ。
鶏小屋の戸の下の土を掘って忍び込んだのであった。生血を吸ってゆくだけだからイタチは犬よりマシである。
(中略)

そんな鶏でよければ展覧会の慰労会をやろう、と小絲君に電話したら、鶏はみな生血を絞ってから料理するものだから、イタチが絞ったって同じだ。大喜びで御馳走になるという。H子が丸煮にして野菜とドロドロに煮こみ、小絲さん、K、H子と四人で食べた。
うまかった。
小絲さん曰く、“僕イタチが好きになった。こんどさし向けるよ”


米軍の撒いた降伏勧告ビラ
文芸春秋 『漫画読本』のご案内



漫画読本
昭和30年、文芸春秋の臨時増刊として出版された「漫画読本」(定価75円)はその後月刊誌となったが昭和40年代(50年代?)に廃刊。
しかし、30年代〜40年代の同誌は毎月の日本人漫画家のみならず、海外の超有名漫画家の作品のほか、豪華執筆人のエッセイを含む、まさに戦後漫画の全盛期を飾った傑作豪華漫画雑誌であった。

(昭和20年代には、漫画名雑誌・「漫画少年」があった)

執筆陣(漫画 代表作
西川辰巳オトラさん・長 新太・出光 永・杉浦幸雄アトミックのおぼん
荻原賢治花咲ける武士道・岡部冬彦ベビーギャング
清水 昆似顔・カッパ天国・小島 功お色気・金親堅太郎・改田昌直・
松下井知夫・小川哲夫・横山泰三社会時評・南部正太郎・服部みちお・
佐藤六郎動物擬人・境田昭造ハードボイルド?)・森吉正照・
馬場のぼる山から来た河童・おおば比呂志ヒコーキ・阿井文三・
井川ヒフミ・横山隆一フクちゃん・秋好 馨轟先生ますらお派出婦会
塩田英二郎夢見る夢子さん・那須良輔似顔・加藤芳郎おんぼろ人生
近藤日出造似顔社会時評・長谷川町子サザエさん・根本 進クリちゃん
矢崎武子・小林治雄・倉金章介あんみつ姫・和田義三・富田英三・
六浦光雄風景ペン画・鈴木義司・富永一郎チンコロねえちゃん・・・・・

写真・随筆(執筆者の一部)
秋山庄太郎・吉田精一・安藤鶴夫・大宅壮一・飯沢 匡・浦松佐美太郎・
徳川無声・山本嘉次郎・永六輔・志摩夕起夫・田辺茂一・奥野信太郎・
北 杜夫・秋田 実・八田一朗・澁沢秀雄・浜田義一郎・戸板康二・星新一・
竹村健一・西村亨・暉崚康隆・戸塚文子・・・
文芸春秋 漫画賞(リンク)

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