| 「新史 太閤記」下巻 司馬遼太郎 35p-38p | |
| 新潮社 昭和48年5月25日発行 | |
| ・・・・・ 「キリシタンのこと、いかがでござる」 姫路の陣中で官兵衛がまたそのはなしをむしかえした。 「わるくはない」 藤吉郎は、何度もいった答えを、またもくりかえした。悪くはない。 安土セミナリオで聴いたあのふしぎな楽器の音色は、藤吉郎は終生わすれられないであろう。あの日、藤吉郎は信長に扈従(こじゅう)してセミナリオを参観した。 このとき校長オルガンチノのよき生徒である伊東ゼローム ― 九州日向飫肥城主伊東修理大夫義益の子 ― をはじめとする武家貴族の少年たちが、讃美歌をうたい、オルガンを弾いてみせた。藤吉郎はその音色の妙なることにおどろいたが、それ以上におどろいたのはそれに聴き入っている信長の秀麗な横顔であった。 信長はもとより音楽をこのみ、よき笛師や鼓師をかかえたいたが、かれもこの世でこれほど微妙な諧律をきいたのはむろんはじめてであったであろう。 信長はそのオルガンに寄りかかり、心持首をかしげ、すべての音を皮膚にまで吸わせたいという姿勢で聴き入っていた。藤吉郎のおどろいたのは、その横顔のうつくしさであった。藤吉郎は信長につかえて二十年、これほど美しい貌(かお)をみせた信長をみたことがなく、人としてこれほど美しい容貌もこの地上でみたことがない。その印象の鮮烈さはいまも十分に網膜の奥によみがえらせることができるし、時とともにいよいよあざやかな記憶になってゆくようでもあった。 (このひとは、神だ) と、このとき、理も非もなくおもった。その神が藤吉郎の頭上に存在しているかぎり、かれは何宗といえども信じないであろう。もし信長がその宗旨を奉じたとなれば― 信長の性格としてありえぬことだが ― 藤吉郎は走って行って会堂に伏し、その神を信じぬまでもその神のもっともよき外護者(げごしゃ)になるであろう。・・・・・・ |
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