| 司馬遼太郎 国取り物語(四) 新潮文庫 昭和47年12月30日7刷 | |||||||||||||||||||||
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・・・・ 信長は光秀に期待していた。公方の側近である「光秀を手もとにひきとることは、自分の天下への夢に、夢ならぬ現実の石をひとつ置いたことになる。 (どのような男か。軍陣のことから詩歌管弦まであかるい人物ときいているが) 中略 この「宮殿」は、ほぼ完成していた。信長は岐阜到着の夜、ここに泊り、翌朝、一階の大広間で光秀を謁見した。 光秀は、下座で平伏していた。 (頭髪のうすい男だな) と、ひとの身体的特徴に過敏な信長は、最初にそう思った。 (金柑に似ている) 頭が小さくてさきがとがり、地肌に赤味を帯びたつやがあって、みればみるほど金柑に似ていた。信長は好奇心に満ちた眼で、その光秀の頭だけをじっとみつめた。 少年の眼である。この信長のなかには、悪童のころのかれがつねに同居していた。 (あの頭に触りたい) とさえ思った。十年前のかれなら容赦もなく降りて行って光秀をするすると撫でたであろう。が、いまの信長はさすがにその衝撃をおさえるまでに大人になっている。 「光秀、よう来た」 と、信長は叫んだ。 光秀は作法どおりあっと肩を動かしていよいよ深く平伏した。むろん、この室町風の作法に長じた男は、信長の顔をぬすみ見るような無作法はしない。 (たいへんな声だ) と、内心思った。樹間を走り渡る猿の声にどこか似ていた。大名の子だと思った。自分の声調子を自分で抑制する必要を経験したことのない男の声である。 一見、たわけの声であった。しかし桶狭間以後、信長がやってきたことはたわけではない。 とにかく常人の声でないとすれば、 (やはり信長は天才かもしれぬ) と、光秀は思おうとした。 「物をくれたな」 例の猿の叫びが飛んできた。 「奥にもくれた。すべて佳きものだ。わしはよろこんでいる」 なまな言いかたをする男だと思った。木樵が喋っているようで、典雅とは程遠い。おそらく言葉のつかい方をしらないか、天性その能力を欠いた人物なのであろう。 「近う寄れやい」 光秀は一礼し、顔を俯せたまま腰をわずかに立て、すこし進もうとした。しかし進むふりをして進みかねているという姿で、これが室町幕府の礼法なのであった。上を畏れて萎縮しているという礼式上の演技である。 が、尾張の奉行職から成りあがった織田家にはそんな礼法などはない。
光秀は、汗が出てきた。
「面をあげい」 信長は、命じた。光秀は、(もはやかまうまい)と思い、ぐっと顔をあげた。 (奥に似ている) と、信長はおもった。 ・・・・・・・ |
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