思い出のガウン
昭和50年頃、大宮マラソンが開成マラソンとして、場所を松戸江戸川土手に移ったばかりの頃の写真です 昭和34年卒業アルバムより 
生徒同士では、先生を「○○さん」と言っていたので・・・・
キャノン 135mm

井上先生・・・というよりやっぱりダボさんだ!


山中さん


小生の高2・高3の担任。
坊さんのような風貌も、高山さんの場合は叡山の僧兵のような感じだったが、山中さんは永平寺の禅増のようだった。
静かな声で国語の授。
深刻な受験に向かう頃だったせいもあってか、国語でも何を教わったのかは記憶にない。
物静かな感じだったが、時よりメガネの奥で細い目がきらっと光る時には、元陸軍中尉の凄みも感じた。



伊藤さん

習ったことがなかったのか、忘れたのか・・・・

川上さん


高2〜3の英語担当。
出来るやつが、教室で痛烈な質問をしていたような覚えがある。



保健室・田中さん


医務室のおばさん。
お世話になったことや話をしたことはなかったが、このマラソンの時江戸川に来ていて、すぐにわかった。
当時カイパンという事務員がいて、あの殺風景な事務室で目立つ存在だったが、残念ながら顔は思い出せない。



ishibashi
石橋さん


我々の中学2年の時に赴任。ダボさんも兄貴分のようだったが、その弟のような感じ。その後マラソンで松戸に良くいらっしゃったが、よくいろいろな種類のハンチングを被っていた。予科練出身。飛行機には乗れなかったそうだが・・・


石川泓美さん


担任になったことも、授業を受けた記憶もないが、入学試験の面接で記憶に残っている。筆記試験の後のほんの短い一瞬だったが、なんで記憶に残っているんだろう。
その後松戸に住まわれ、2年前亡くなられた。


事務室の方


我々の中学時代から学校事務室でお顔は知っていたが、この時初めて名乗り、話をした。なんとなく憶えている、と言われうれしかった。
このほか先生以外では、いつも戦闘帽を被っていて、そのためか通称・「戦闘帽」という用務員のおじさん (当時は自然に、小使いさんと言っていたが・) もいた。何か悪さをしたのか、怒られた記憶がある。


桂さん

漢文・古文・・・カラス

英語/田中さん?


校医 内藤先生


小山さん

英語・卒業後のすれ違いだったが松戸在住 学生時代はボクシングとのこと・・・

宮入さん

化け学
nakachu
仲田さん

通称ナカチュー。仲田先生。ポケットに競輪新聞を入れて授業・・・なんて話も。
電圧と電流の関係を、小便を我慢している時の膀胱の圧力と、尿道の太さで説明したのを覚えている。


obake
板谷さん 

ごぞんじお化け。古今著門集、徒然草・・・・北面の武士の烏帽子の下の耳あてを“チャカチャカ”といっていた・・・

大竹さん

数学。中一の担任。苦手だった。
迫さん

さこさん。ヘルシンキで銀と銅。ローマでもメダル。やさしかった。
イタリア語で○50リラを、“オッタッタチンコ”というそうで、50をまけろというのに“チンコヲキレ”といったとか・・・・


itoh
伊藤さん

体操。補導室の先任。

iwatani
ターザン

岩谷さん。正確には開成ターザンだったような記憶がある。補導室。ズボンのすそを流行のマンボスタイルのように細くしているのが放課後、補導室の呼ばれ、定規でひとりひとりズボンのすその寸法を計らされたが、説教を聴いているうちにおかしくなって、一人が笑い出したら、全員が笑い出したら本気になって怒って、突き飛ばされた。おっかなかった・・・・

富井さん

日本史。

辻さん

中一の英語。Jack and Betty

上野さん

民さん。高校国語

米山さん

中学 社会

吉田さん
中2 幾何
“鉛筆はきれいに先を尖らせてきれいに削る”
“2点間の最短距離は、その2点を結ぶ直線である”・・・公理