使えない 日本語
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テレビで見せる映画は、時々セリフがプツッと途切れることがある。
放送で言ってはいけない言葉を消したのだ。
映画館で観る映画でさえ映倫の審査があるのだから、誰もが家で視聴できるテレビ放送に規制があるのは当然考えられることで、特別深くは気にもせずにいたのだが、昔、松屋さん(伊藤良太郎さん/S56年没)の本棚で興味深い本を見つけた。


放送批評懇談会編 「使えない日本語・放送タブーの実体」 (いれぶん出版 昭和50年1975発行) という本で、NHKTBSNET民放連等の放送局が自主的に決めて発行した、「放送上さけたい用語いいかえ例」 がもとになっている。


放送上さけたい用語・いいかえ例の規定は差別用語の問題から始まったようである。

我々も日常の会話では、放送できないような、さまざまな言葉を飛び交わせているが、状況に応じてれぞれの常識で、使うべき言葉を制限したり、注意したりもするので、まあまあなんとか、うまくいっているのだろう。
しかし、電波で日本中に言葉を送るとはいえ、放送局が、これほどまでに気を使っていたとは思ってもみなかった。
この本では 「語りの専門家」 タレントでさえ、おそらく差別用語だなどと考えたこともなく、何気なく使ってしまい、放送会社ぐるみで謝罪した例、厳重抗議を受けた番組、そして抗議の内容も載せている。


こうした問題を考慮して、各局の 「放送用語委員会」 は放送の中での避けたい用語を分類・明示し、そのいいかえを指導する冊子・「放送上さけたい用語のいいかえ集」(S4849頃)を作成した。


いいかえを指導されている用語には懐かしいものが多い。
こうした指導の中で、ながい間、お蔵にしまわれっぱなしにされてしまい、あまり人目にふれなかったせいだろう。今、この本の中で本当に久しぶりに、昔の話し言葉との活字での出会いは、旧友に出会ったような気がする。

同時に、このまましまいっぱなしにしては惜しいような、また指導書のようにいいかえたほうが良かったかどうかについては、考え込んでしまうものも多い。
その一部をご紹介する。
(昭和64年ごろ作成)

もとの言葉  言い換え 編者コメント
過去帳 → 檀家の記録
隠亡 → 火葬技術員
クズ屋

→ 廃品回収業

これらが禁止になったので、古典名作落語「らくだ」は最近聴けなくなったのではないか?
三助





→ 浴場従業員





銭湯もなくなりつつあるのだから、三助は当然だが、これも懐かしい。(本書から見るに昭和45〜50年頃まではいたようである)
初めて背中を流してもらい、肩にかけた手拭の上から、「パーン」と良い音を出してもらったとき、急に大人になったような気がしたことを思い出す。三助だから思い出せるので、浴場従業員になっていたら、忘れてただろう・・・・
運チャン → 運転手
沖仲仕 → 港湾労働者
かつぎや


→ 行商人


これも仕事そのものがなくなった
かつての常磐線は、成田方面からの「かつぎや」のおばさん達で一杯で、車内は野菜のあおくさい匂いがしていた
百姓・漁夫 → 農民・漁民
産婆 → 産婆さん・助産婦
あんま → あんま師・マッサージ師
“あんま かみしも(上下)十六文・・” も消滅
  ※最近は人を殺しちまうおっかないマッサージ師もいる
床屋 → 理容師・床屋さん
そばや → そばやさん さん・・・をつけたからどうだってんだ
共稼ぎ → 共働き 職安はハローワークになった
親方(土建関係)
→ チーフ・班長 土木・大工現場で「チーフ!」では力が入るまい
馬喰 → 家畜仲買人 馬喰一代なんて映画もあった。板妻だったか?
踏切番 → 踏切警手・踏切保安係
ポっポやもかつてはダメだったが映画で復活
坊主

→ 僧侶・坊さん

三日僧侶生臭僧侶僧侶憎けりゃ袈裟まで憎い
・・・変だ
町医者 → 開業医 かつては神様みたいな町医者様がいた・・・
ハーフ

→ 混血児

ハーフも一部では復活 
そうでなければ
ニューハーフ新混血児
一般価格・市価
→ 標準価格・調査価格    ????
裏日本

→ 日本海側

そんなに裏が気になるなら、丁半にしたら どうだろうか  
丁日本
 半日本
移民 → 海外移住者
低開発国 → 開発途上国 低所得者金持途上者
つんぼ桟敷 → 疎外されたところ
めくら判 → ろくに見ないで判をおす
二つの言葉にバラしたことはない
名作 「
座頭市」 「不知火検校」 ではド○○○が飛び交った
かたて落ち 今でもつい、よく使われて、放送後 「ただいま不適切な言葉を・・とお詫び
日本のチベット
→ 岩手県北部・過疎地帯・高山地帯・深山地帯
チベットに失礼だから岩手県に我慢しろか??
はなつまみ → きらわれもの
養老院 → 老人ホーム・老人擁護施設
老人擁護施設より養老院のほうが養老の瀧のそばにあるようで楽しそう・・・
老婆 → 老女・老婦人 きんさん・ぎんさんは、たしかに老女だった・・・
〜に毛が生えたぐらいの
→ 〜よりちょっとましぐらいの
チャリンコ


→ スリ


かつて時代劇には「チャリンコの○○」なんて呼び名のスリの名人がよく出ていた
最近の子供は
自転車チャリンコと言う
日常的な自転車盗難から変化したのか?
せんずり → 自慰行為・オナニー・マスターベーション
なえまら

→ 陰萎

なえまらも最近はあまり使わないが、インイと言ってわかる人がいるか  モヤシ送り仮名をふりそう でも辞書にはあった
アオカン

→ 野合

野合は政治用語としては定着した
すると 政党の変な連合はアオカンだったんだ?
あさまら

→ 朝の生理的勃起

真面目に言い換えて、かえって大笑い
“あさまらや しょんべんまでの寿命かな” もあった・・・
みみくそ → みみあか
めくそ → めやに めやに  みみあかを笑う」?鼻くそ はどうする!!
たもとくそ → たもとのちり・ポケットのごみ・・・先人の傑作造語も終焉・・・
くそくらえ → どうともなりやがれ
くそっ → うぬっ!  こいつやりやがったな!・・・・似たようなもんじゃねぇか
くそったれ → ろくでなし・おおばかやろう  むこうの サノブ ビッチ は健在
うんこ

→ 大便

うんち(子供の場合) ウンコのほうが健康そう
医学用語は会話には向かない気がする
しりぬぐい → 後始末
くそみそに → むちゃくちゃに
みそもくそもいっしょに
みそくそ)  → いっしょくたに
傑作 「味噌と糞」 にかわって登場したのが、
カレ−味のうんこと、うんこ味のカレーとどっちがいい?」 というナゾナゾ・・・おもしろい!
きんたま

→ こうがん

「金玉のついてない奴」ならわかるが、 「睾丸のついてない奴」というと、ほんとに手術してはずした奴のようだ
けつをまくる → いなおる(だったか?)
けつの穴の小さい
→ 小心な・臆病な・気の小さい〜してけつかる
けつはトコトン嫌われたようだ
しらみつぶし → すみからすみまで・のきなみに
けじらみ → 毛根に巣食うしらみ これじゃ、可愛い気がない
たれながし → 流しっぱなし
 出しっぱなし

公害放置の意味では、これ以上に適切な言葉がないので例外とする 』 と但書
ドヤ → 犯人の隠れやすい宿
この言い換えでは通称ドヤ街山谷の簡易宿泊所は犯人ばかりが隠れている所のようだ
いちゃもんをつける
→ いいがかりをつける・文句を言う・抗議する  
いちゃもんはかっこいい!!
やばい → あぶない 最近若い衆の中ではヤッベーになったようだ
ずらかる → にげる・すがたを消す
ガサ → 捜索 「マルサの女」では「ガサいれ」で使用
じまわり・やさぐれ・やーさま
→ やくざ与太者愚連隊ならずもの暴力団員
与太者・愚連隊・ならずものはすでに死語に近い・・・

だけど当時でも、「よう、じまわり」と言われて、笑って「おう」と答える人に「
よう、暴力団員」と言ったら笑っただろうか
しま → なわ張り 縄張りは古い建築用語


なるべく使わないほうがいい言葉
狂気の沙汰 精神異常の沙汰?
天才ときちがいとは紙一重 天才と精神異常者とは紙一重?
きちがいに刃物
絶対に使ってはいけないとしてあるが、最近の精神異常者はホントに刃物を使う・・
(「精神異常者
刃物」 ではなく 「精神異常者刃物」?)
平成12年の九州バスジャック事件
平成13年6月の大阪小学校の事件をはじめ、その間のまさに正気の沙汰とは思えぬ、また、異常を装ったとされるさまざまな事件・・・

かつて、差別意識などまったくない、他愛ない庶民の中での日常会話が、現在は止まりようのない、陰湿な現実となりつつある・・・ 
こうした言葉狩りと無関係だろうか?
 


やぶ医者・たけのこ医者
たけのこ医者はこれからやぶに成長する、 やぶ途上医
女子供・婿を取る・娘をかたずける・嫁にやる
女辺に箒の婦人も最近はダメだそうだ
箒を持つのは女だけではないとのこと・・・・  
松戸の婦人会館も女性センターになった

主婦の友/主婦と生活/婦人画報・・・・
さあ、どうする?


ほかにもまだある
片手落ち  やけくそ  めくら縞  銭っぱげ  デモシカ先生  馬鹿な話  すけこまし  丁稚  土方 (丸山明宏【美輪明宏】の傑作 ・ 『 よいとまけの歌』 もやたらには歌えない歌になったそうだ)  土工  人夫  ニコヨン  あきめくら  おまわり  女中  下男  工夫  鉱夫  小使い  女工  馬鹿でもちょんでも (だから馬鹿ちょんカメラもだめになった)  ひやめしぐい  ベトコン  日雇い  ブタ箱  ねこばば・・・・・・・・・・


運動会での 「二人三脚」 は片足の不自由な人を連想させるからいけない、という抗議があったそうだ!!!


〜きち」 はマニアに言い換える (雀きちは麻雀マニア。カーきちはカーマニア)


まだまだあるが、とても紹介しきれない。
良い悪いは別として、放送にはじまり、そして娑婆から消えていった、豊富だった「我等の日本語」に感無量である。


会話を活き活きさせているものは俗語だ。
テレビ電波の普及は伝統市民文化も消滅させた。
時代劇、古典落語から俗語が消えたら、さび抜きの鮨より始末が悪い。

放送マスコミの 「差別ということ」 に対しての過剰とも思われる反応による、こうした用語制限・統制にたいして本書は、
耳ざわりのいい(ママ)言葉を使うことによって、われわれがそうした人達に、なにかいいことををしてあげている錯覚を持たせ、その人達のもつ傷口や不幸に目をつぶってしまう危険」 (井上ひさし氏)

語彙の前後関係を無視して、語彙だけに不当な重い責任負はせること」(丸谷才一氏)等、多くの識者の意見も紹介して、小生が今まであまり深く考えることもなく使っていた 「言葉」 や 「差別ということ」 についても、あらためて考えさせてくれた。


1975年に発行された本書は、当時の「差別というもの」に対する過剰反応で、日本の言葉そのものを破壊しかねなかった放送マスコミをさらに過敏にさせたようである。そして、こうしたマスコミの言語規制強化は、まさしく、その後の日本の言葉に新陳代謝をもたらした。
そして、表現の自由と、ガキドモに擦り寄るマスコミによって、中・高生造語は認知されつつある。
少女売春援助交際 ・・・ 切れる等々・・・・ かつての桃色遊戯が懐かしい・・・)


我が国の伝統市民文化を道連れにしながら、こうした「言葉狩り」によって、一応差別呼称は無くなったかに見える。
しかし、新しい、そしてもっととげとげしい蔑称・賎称、そして新手の陰湿な差別の行為も確実に生まれてきている・・・

作成 昭和64年頃
抜粋再編 平成 3年*
Web 平成13年*


追記(平成13年)

坊ちゃん 夏目漱石 新潮文庫より抜粋

以前NHK(3ch)で朗読(朗読者:山口 崇)の番組があった。・・・どう扱ったんだろう・・・
痛快 坊ちゃん語録



・・・大概顔の蒼い人は痩せているもんだがこの男は蒼くふくれている。
昔し小学校へ行く時分、浅井の民さんと云う子が同級生にあったが、この浅井のおやじがやはり、こんな色つやだった。

浅井は百姓だから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いてみたら、そうじゃありません。あの人はうらなりの唐茄子ばかり食べるから、蒼くふくれるんですと教えてくれた。
それ以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬だと思う。


おれは五十人余りを相手に約一時間ばかり押問答をしていると、ひょっこり狸がやって来た。
あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。これしきのことに、校長を呼ぶなんて意気地がなさ過ぎる。
それだから中学校の小使いなんぞをしてるんだ。



成程狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。
生徒があばれるのは、生徒が悪いんじゃない教師が悪いんだと公言している。
気狂が人の頭を撲り付けるのは、撲られた人がわるいから、気狂がなぐるんだそうだ。
難有い仕合せだ。
・・・この様子じゃ寝頚をかかれても、半ば無意識だって放免する積だろう。


「うつくしい顔をして人を陥れる様なハイカラ野郎は延岡に居らないから・・・・・・と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」
「じゃ何と云うんだ」
ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガーの、岡っ引の、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」


山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが剣舞をやるから、三味線を弾けと号令を下した。

芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。
山嵐は委細構わず、ステッキを持って来て、踏破千山万岳烟と真中へ出て独りで隠し芸を演じている。ところへ野だが既に紀伊の国を済まして、かっぽれを済まして、棚の達磨さんを済まして丸裸の越中褌一つになって、棕絽箒を小脇に抱い込んで、日清談判破裂して・・・と座敷中を練りあるき出した。
まるで気違いだ。


・・・舞台を右へ半町ばかりくると葭簾の囲いをして、活花が陳列してある。
みんなが感心して眺めているが、一向くだらないものだ。
あんなに草や竹を曲げて嬉しがるなら、背虫の色男や、跛の亭主を持って自慢するがよかろう。


「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買いは精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物質的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。何だあの様は。馴染みの芸者が這入ってくると、入れ代わりに席をはずした、逃げるなんて、どこまで人を胡魔化す気だから気に食わない。そうして人が攻撃すると、僕は知らないとか、露西亜文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を烟に捲く積りなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。全く御殿女中の生まれ変わりか何かだぜ。ことによると、彼奴のおやじは湯島のかげまかも知れない


痛快 坊ちゃん語録
司馬遼太郎 国取り物語
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