花見での様々なパフォーマンスは江戸時代から・・・

花見客をあっと言わせるような趣向を考えていた仲間が、今年は“仇討ち”で驚かそうと計画した。

巡礼姿で父の敵を探して諸国を巡っていた姉弟は江戸の花見でタバコの火を借りた浪人が捜し求めていた敵と知る。巡礼は正体を名乗り、浪人と立ち回りになる。花見の客は大騒ぎ・・・
人だかりが出来、盛り上がった所で、通りかかった六部(巡礼)が仲裁に入り、背負った笈から酒・肴を取りだし、宴会をはじめる。はじめは本当の敵討ちの切り合いかと思っていた花見の客は、この洒落た落ちに大喜び・・・・という計画だった。 

ところが、そこに居合わせた侍二人は、健気な姉弟巡礼に感動し、刀を抜き助太刀を買ってでる。敵の浪人役、姉弟巡礼はびっくり・・・しかも仲裁に入る予定の六部は予定時間になっても現れない。さむらいは刀を抜いて追いかける・・・・という名作落語を短編映画にするべく、花見真っ盛りの京都・八坂神社で撮影・・・・これまた名作落語に劣らぬ、現在の花見のおもしろ趣向・・・(ビデオ)


撮影風景 (管理人描く)

監 督
姉巡礼
弟巡礼 助太刀を買ってでる侍
父の仇の浪人
仲裁予定の六部
戻る

口 上

四月と云えば春も闌 春宵一刻價千金
時は金也の世の中にあやかって 舞台は京洛東山三十六峰の一角円山公園の花見の興行
かの瀧亭鯉丈子の八笑人戯作中の茶番劇 花見の仇討として知れる狂言を 飛鳥山ならぬ円山に移しての興行を試みますれば 飛入参加勝手次第取り巻き見物衆としても御参入あってと 一重の膝を八重桜に屈しての口上件の如し

日 時
場 所
佛誕過ぎ四月十日 午後三時
丸山公園 芋棒本店庭先

当日の趣向 花見の仇討ロケ風景 撮影班 加わるに仇の浪人深編笠 大小落し差し 巡礼兄弟 助太刀侍二人 仲裁六十六部 これらが主役
ロケリハーサルなれば周りの見物衆は現代風俗時代風俗勝手たること

興行主 三塔庵主人
     眩人学堂主人 啓白







狂言 花見の仇討顛末記

陳者 昨四月十日未申の刻に京洛円山公園にて興行仕り候狂言につきて 左記の如く御報告いたし候

月に叢雲花に風の俚言が箴をなしたる はたまた興行主の精進宜しからざる故か、當日午下りまで曇天雨もよいにて興行決行と三塔庵にて支度に及び候

ロケ班監督 助監督カメラマン一行五人
松竹撮影所よりの大道具方小道具方による出演者の衣裳着付け萬端 滞りなく整い 玄人ならぬ俄仕立の面々
羊羹羽二重黒紋付 朱鞘大小落し差し 火打袋に深編笠 いかにも憎く体の為こなし天晴仇き役の風情

片や巡礼姉弟二人 姉は紅小袖つけたる白装束 手甲脚絆も凛々しく 仕込杖を持てば 健気なる弟これも巡礼姿に菅笠 天晴れ仇討ちの晴れ舞台へと気が早る

此処に浅黄裏なる面構えも浪人に劣るまじき面魂 大柄の侍二人羽織袴に なにごとぞ花見の席の長大刀の風情で支度にかかる

最後に廻国行者白装束の六部 笈と錫杖の支度整いたれば 科白の稽古ももどかしく 未の下刻(三時過)に勢揃いして 祇園の社に向かい申し候

その頃より無情の雨や降り初むるを厭わず八坂南門にての記念撮影 これも後より考えれば社殿に尻向けたる祟りにや雨激しくぞ降りかかる
芋棒の店内大広間を貸りて見物客蝟集するなかに 俳優の面々入り来り候 酒肴に景気を付けて雨中のロケに移り候 監督は小柄なれども鳥打帽逆さまに誰やらを彷彿させるサングラス 脚本手に椅子に座ってのクランクイン 初手は処女の如く終りは脱兎の如し

初手は演技科白に注文をつけてのリハーサル
そのうち雨は激しくなり 仇討ち口上から殺陣に入れば各々玄人ならぬ浅ましさ
竹光を振り回しての大立ち回り 余りの激しさに刃こぼれの出る始末 監督もあったも糸瓜もあらばこそ
仇の浪人深編み笠を脱ぎ捨てる拍子に 自らの鬘をもろともに飛ばす騒ぎ 黒澤明監督の「七人の侍」の末尾雨中の決闘シーンに宮口精二に扮する久蔵の如く 誠に熱演して観客の度肝を抜く
かくて侍二人 巡礼姉弟入り乱れての乱闘に 六部が仲裁に入って目出度く手〆を致し候次第

監督の目論見はリハーサルを繰り返しつつ約二時間の演出が 土砂降りゆえに三十分程に切り上げ 綺麗どころの舞い踊る姿もカットに及び 一同濡れ鼠となりて芋棒の店に逃げ込み申し候 元来晴天なれば店先に宴席を設け 夕景より枝垂れ桜を遠望しての乱痴気騒ぎ 飛び入り勝手の酒肴大盤振る舞いの餘興もすべておじゃん 店内に假設しての舞台で京舞 白拍子舞にてお茶を濁し候

此処にお可笑は混雑に紛れての履物 傘の取り違え紛失の生じたること後日知り候 そしてゆくりなくも森鴎外先生小説「百物語」の挿話を想起致し候
向嶋の富豪鹿島屋清兵衛の催したる百物語興行に客 衆柳橋の船宿より船にて向嶋に向かいたる由にて 先生の文章に次の如く記し候

「舟の着いたのは 木母寺邊であったかと思ふ(中略)土手下から水際まで 狭い一本道の附いてゐる所へ かはるがはる舟を寄せて先づ履物を陸へ揚げた どの舟もどの舟も 載せられるだけ大勢の人を載せて来たので お酌の雪踏なぞは見附かっても 客の多数が穿いて来た世間並みの下駄は鑑定が容易に附かない 真面目な人は跣足で下りて あれかこれかと捜してゐるうちに 無頓着な人は好い加減なのを穿いて行く 中には横着で新しさうなのを選って穿く人も居る 僕は仕方がないからなるべく跡まで待ってゐて 残った下駄を穿いたところが 歯の斜めに踏み耗らされた 随分歩きにくい下駄であった 後に聞けば 飾摩屋(鹿島屋)が履物を間違った話を聞いて 客一同に新しい駒下駄を贈った」由

興行主たるもの微賎なりと雖もこの故事を想起し 花見の雨傘とてものことに万両の筈なし 落語「船徳」の相場師風情の福引景品の洋傘よりましと 三千両が程の洋傘を数本芋棒に贈り候えば お心當りの方芋棒ヘおついでの節お寄り下され度存じ候

落語の「花見の仇討」狂言の如く興行主の素迦担により 万事 “いすかの嘴の食い違い”
千客万来を企むも全くの空振りなれど そこは近代兵器のカメラ映像残り居ますれば 近日編集上映披露に及ぶ心づもりに候 京洛なれば故山中貞雄師に倣うて無聲活動写真もどきを 目下苦心編集中とのみ御報告申し上げ候

平成十二歳次庚辰花の月下浣

興行主 眩人学堂主人改め素迦担道人
敬 白